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2017年2月 7日 (火)

横浜の散歩道を歩く「開港の原点と祈りの散歩コース」

10日前の歩きの記事になりますが、1月26日(木)「横浜の散歩道を歩く~開港の原点と

祈りの散歩道コース~」に参加して来ました。横浜シティガイド協会の案内で歩く。

P1190315

<コース>

 横浜市営地下鉄高島町駅(スタート)⇒高島町⇒旧横浜道⇒岩亀横丁・岩亀稲荷

 ⇒掃部山公園⇒横浜能楽堂⇒伊勢山皇大神宮⇒野毛の切通し⇒都橋

[高島町]の由来は横浜に鉄道を開設する際 野毛浦埋め立て工事を請け負った実業家

「高島嘉右衛門」の偉業を称え、埋め立て地周辺を高島町名付けられたと案内あり。

JR東神奈川駅ハイで歩いた「高島山公園」で埋め立ての指揮をしたとの看板を思い出す

「旧横浜道」は、旧東海道から開港する横浜まで不便なため浅間町交差点付近から

吉田橋までの横浜(関内)へ直接港へとつながる道です。新開拓地横浜への主要道路と

して大いに賑わった道。現在では当時と様変わりしておりますが・・・!

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有吉佐和子作「ふるあめりかに袖はぬらさじ」の舞台にもなった開港当時より港崎町に

あった遊郭 「岩亀楼」の寮があったことから「岩亀横丁」と名付けられた通り。

寮内のお稲荷様が「岩亀稲荷」。細い境内の奥にあり女性の願に、ご利益があるとか?

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「掃部山公園」は、昔は不動山と呼ばれその後鉄道開通に携わった外国人技師の官舎が

建てられ、地下から湧く水を蒸気機関車の給水に利用したことから鉄道山と呼ばれた。

1909年(明治42年)の横浜開港50年に、開港に貢献した井伊直弼の記念碑を建てる

際、旧彦根藩士が土地を購入し井伊家の所有となる。大正3年に横浜市に寄付され

「掃部山公園」となる。井伊直弼の銅像が、今も横浜の港を見下ろしている。

現在の銅像は二代目だが(戦時中の金属回収令で取り払われる)台座はそのままです。

桜の名所でも有名な掃部山公園から、桜の木越しにみなとみらい地区の建物が見える。

50年以上前に、この公園の下にある職業訓練校で働きながら「経理」の勉強をしていた。

晴れた日の昼食時には、この公園で色々な年代の同級生と弁当を食べた思い出の場所

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横浜能楽堂は、関東地方最古の能舞台で横浜市指定有形文化財。

この写真ではわからないが、鏡板には加賀藩前田家に因んだ白梅が描かれている。
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紅葉坂の途中に「神奈川奉行所跡」がある。開港間もない横浜で、行政事務や外国人

遊歩区域内の取り締まり・裁判や住民の出願事項の受付&処理を行っていた場所。

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表題の「祈りの散歩コース」目的の明治3年に国費で創建された神社「伊勢山皇大宮」へ

関東のお伊勢様と親しまれ神奈川県の宗社、横浜の総鎮守とされている神社。

注連縄柱(石柱)は、鳥居と同じ聖域を標すもので柱に注連縄を張り使われている。

石製で日本で最大の大きさ。(権禰宜さんより説明)創建150年を迎え2020年までに

本殿を建替え予定。青空の下お参りをした後、清々しい気分になりました。

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横浜成田山(野毛山不動尊)は、横浜開港に頃 高島嘉右衛門の協力により大本山

成田山新勝寺の横浜別院として建立された。本尊の不動明王は徳川家の秘蔵仏と伝わる

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横浜成田山より野毛の切通しへ向かう道すがら日本家屋の元旅館をリノベーションした

アットホームな民家のゲストハウス「FUTRENO」が、坂の途中にあり。

「野毛の切通し」で古い見事な石積みが残っている場所があり。横浜道の一部で、戸部と

吉田町をつなぐために、野毛山を開削して造成された道の「野毛切通し」。

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解散後、野毛の商店街や飲食街の路地を巡ると、迷路の様で迷子になります。coldsweats02

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やっと大通り(横浜道)に出て、都橋の方へと散策しJR関内駅へと向かう。

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コメント

横浜開港にも携わった高島嘉右衛門は先日行った駅ハイ東神奈川でも知りました。
東神奈川から横浜迄の小高い山を崩し港の埋め立てに使用し、鐡道開通等の事業も携わってきたと。説明板にありました。
またセロリさんにとっても懐かしい場所でしたね。

あすかさん:

横浜には、高島嘉右衛門の功績がいっぱいあります。
特に小高い山を崩して埋め立て&鉄道開通に際しては、
尽力を尽くしています。
懐かしい伊勢山皇大神宮や掃部山そして紅葉坂
当時とは様変わりしていましたが懐かしかったです。
その時の頑張りのお蔭で、おばさん事務員として定年まで働くことが出来ました。pen

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