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古都鎌倉史跡めぐり

2016年8月23日 (火)

久し振りに鶴岡八幡宮境内を散策!

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8月20日(土) 神奈川近代美術館鎌倉別館にて「片岡球子展」を鑑賞した後、久し振りに

鶴岡八幡宮に参拝し、境内内を散策する。朝から雨が降りゲリラ豪雨の警報も出ている

為か、いつもの土曜日と違い境内は混雑しておらずゆっくりと参拝しました。

大階段脇にあった「大銀杏のひこばえ」が、こんなに大きく育っておりビックリです。

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源平池では、所々にハスの花が咲き観光客の目を楽しませてくれます。

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本日(20日)は、ピンクのハスの花より白いハスの花の方がキレイに咲き誇っています!

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どちらかといえば「源氏びいき」の私は、ついつい白いハスの花に魅かれます。

清々しい白の色合いに、暑さも少し和らぐ感じがします。(あくまでも私感ですが・・・笑)

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小町通りも通常よりは観光客が少ないので、新しい店を覗いたりスイーツの試食をしたり

しながらしっかりとお土産購入です。2年程前まで行列が絶えないお店が意外と空いて

いたり、先日TVで紹介されていたお店には若い観光客の行列が・・・・!スイーツや

ランチにも流行があるのですね~。好奇心いっぱいの私は、並んで食べてみた~い delicious

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観光客が少ないといっても、鎌倉ホテルは本日も満室の様ですよ。空模様が怪しくなって

来たので「スイーツ」は諦めて急いで帰宅のした鎌倉散策です。

2015年12月 4日 (金)

紅葉の海街、極楽寺から長谷へ

12月2日(水) 鎌倉ガイド協会主催の「紅葉の海街、極楽寺から長谷へ」に、参加する。

<コース>

鎌倉駅=江ノ電利用train=極楽寺駅~極楽寺(転法輪殿拝観)~霊仙山(仏法寺跡周辺)

~坂ノ下路地~御霊神社~桑ヶ谷療養所跡~旧山本邸(特別公開)~江ノ電長谷駅

私が7月に見た、鎌倉を舞台に家族の絆を描いた映画『海街diary』のロケ地にもなった

極楽寺方面から紅葉の穴場である長谷方面を巡る企画ですからより楽しんで歩けます。

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極楽寺駅の窓には、テレビドラマ「最後から二番目の恋」の出演者の似顔絵とサインが

貼られており、参加者と一緒にしばしテレビドラマの思い出話をする時間になりました。tv

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極楽寺は、開山が忍性で開基は北条重時(二代目執権義時の子)で深沢の里にあり

衰退していた極楽寺をこの地で再興したと伝わる。ただし完成を見ずに亡くなりその子の

長時・業時がその遺志を継いで完成させる。忍性は、施薬院・悲田院・施益院などを設け

不幸な人を救済する福祉事業に取り組み、人々から医王如来と崇められていたと伝わる。

また極楽寺切通も開削土木事業にも力を注いだ。のちに後醍醐天皇より「菩薩」の号を

贈られている。今回極楽寺では、「転法輪殿の仏様」も拝見することが出来ました。

赤いお屋根の「導地蔵尊」は、映画の中のワンシーンにも出てくる地蔵堂です。
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100段以上ある長い階段を上り、霊仙山(仏法寺跡)周辺を「古」を偲びながら歩いた後、

坂ノ下路地をのんびり散策です。昔懐かしい匂いのする路地歩きは「かくれんぼ遊び」に

ピッタリの場所。映画「海街diary」のワンシーンを思いだす風景なのでパチリcameraと1枚!

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路地にある「坂ノ下カフェ」とパンスイーツの専門店「recette」 ⇓↓の写真です。

大正時代の建築物をリノベーションした和の室内が鎌倉の雰囲気ピッタリなお店です。

イベント参加でなければ、ぜひ立ち寄りスイーツを食べたいところですが、ガマンがまんcatface
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参道を江ノ電が横切っている「御霊(ごりょう)神社」は、祭神が鎌倉権五郎影政ですが、

もとは関東平氏五家の始祖(鎌倉氏・梶原氏・村岡氏・長尾氏・大庭氏)の霊を祀った神社

御霊から転じて「御霊神社」と通称された。こちらは鎌倉権五郎景政の一柱のみとなり

「権五郎神社」とも呼ばれている。よくドラマのロケでも使用される場所なんですよ!

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近くの長谷寺に立ち寄り小休憩し、門前より紅葉を眺める。ライトアップの紅葉がお薦めmaple

長谷寺には、駐車場に大型観光バスが数多く駐車し観光客で賑っていました。

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次に訪れた「旧山本邸」は、政治家であり実業家の山本丈太郎氏(南満州鉄道総裁)が

建てた別荘で普段公開はしておらず、今回の歩きで私が楽しみにしていた場所です。

5000坪の広大な敷地に150坪の母屋が建ち、京都から取り寄せた資材で茶室風の

様式を取り入れた数寄屋造りの建物です。関東大震災にも耐え築95年余の建物。

私のカメラでは表現できませんでしたが、お庭の紅葉がとても素晴らしいかったです!

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また高台のお庭からは、鎌倉の街が一望できるロケーションに、「晴れていたらな~」と

思わずつぶやいてしまいます。ただ惜しいのは隣にマンションが建つ予定で、この風景が

来年はどうなるか保証されないとの事をお聞きし、ちょっと残念に思います。

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ここで鎌倉ガイド協会の案内イベントは、終了です。江ノ電で鎌倉駅まで戻り、小町通りの

お店でランチタイム。江ノ電カエルさんは、秋バージョンで柿の実と紅葉に囲まれている。

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受験の神様「菅原道真公をお祀りしている「荏柄天神様」に、孫たちのお願いで参拝です。

源頼朝公墓所前の「白旗神社」のイチョウの木が、黄金色に輝き本当に綺麗でした。

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鶴岡八幡宮は、少し雨が降ってきたのにもかかわらず外国の方がツアーで参拝中。

境内で「柳原神池」周辺の紅葉が、一番キレイなので皆さん記念撮影をしています。

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源平池の周りは、曇り空で雨もポツポツ降り始め寂しい感じでしたが、カモさん達が

観光客を楽しませてくれていましたよ。約8キロの鎌倉史跡巡り終了です。

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2015年11月22日 (日)

「鎌倉十橋」めぐり

11月19日(木) 鎌倉を流れる川(滑川・逆川・佐助川など)に架かる橋の中で、古くから

伝説が残る十の橋を「鎌倉十橋(かまくらじっきょう)」といいます。(江戸時代になって

鎌倉名数の一つとして観光用にいわれるようになった橋)検定のテキストブックを片手に

北鎌倉駅よりウオーキング開始です。(ただし前に行ったことのある「乱橋」は、除く)

北鎌倉駅前にある円覚寺の観光バス駐車場のもみじも色づいて来ました。

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まず北鎌倉駅前より大船の方へ150メートルほど鎌倉街道を歩いた所にある「十王堂橋」

まで行く。昔、この橋のそばに閻魔様など十王を祀った十王堂があったため呼ばれる。

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北鎌倉駅から鎌倉駅方面には、長壽寺の脇より「亀ヶ谷坂」を下り「岩船地蔵堂」へ歩く。

亀もひっくり返るほどの急こう配の坂だったので「亀ヶ谷坂」も現在では生活道路として

使用されており、鎌倉の緑と切通の一端を垣間見ることが出来るのでお薦めの道です。

岩船地蔵堂は、源頼朝と北条政子の娘、大姫を供養する六角形の地蔵堂です。

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二番目の橋は、鎌倉五山第三位「壽福寺」入り口にひっそりと碑が残るだけの「勝ノ橋」。

水戸家の姫君が代々住職を務める「英勝寺」の開基である英勝院尼(徳川家康の側室

お勝ノ方・水戸家徳川初代徳川頼房の養母)が架けた橋なので「勝ノ橋」と呼ばる。

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今小路をまっすぐ歩いて「御成り小学校」近くを流れる佐助川にかかる「裁許橋」が3番目

橋の名の由来は、訴訟を裁許(判決)する問注所が近くにあったことから呼ばれる。

また、西行(僧侶であり歌人)が鎌倉に来た時、この橋の上で源頼朝に名前を問いたださ

れたとか、この近くを通っていたので別名「西行橋」と呼ばれる。道すがらの邸宅の庭に

咲いていた見事な「皇帝ダリア」の花を、パチリ camera 

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こちらも佐助川に架かる橋で、若宮大路下馬四つ角の南側にある「琵琶橋」です。

昭和30年ごろまで朱塗りの橋がありましたが、現在は御影石の新しい橋になる。

若宮大路のこの辺りを、琵琶小路といったことから「琵琶橋」。川には水が少なかった。

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「逆川橋」は、名越から流れる川筋が屈折して北上し、川の流れが逆行している様に

みえる逆川の、丁度逆行する辺りに架けられている橋。入り口に古い碑がひっそりと!

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本覚寺の門前を流れる滑川に架かる風情ある橋が「夷堂橋」です。本覚寺の鎮守社の

夷堂が近くにあったことから「夷堂橋」呼ばれる。また滑川もこの辺りは夷堂川と呼ばれる

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「筋違橋」は、現在では暗渠となり石碑があるのみ。宝戒寺の近くにあり金沢街道に対し、

「く」の字に架かっていた橋なので「筋違橋」と呼ばれる。歩いてる途中で見かけた置物。

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本日最後に渡った橋は、二階堂川が滑川に流入する辺りに架かる「歌ノ橋」です。

1213年謀反の罪で捕らえられた渋川刑部六郎兼守が、無実を晴らす為十首の歌を詠み

荏柄天神社に奉納した時、源実朝はその和歌を見て感心し、罪を許し釈放する。

そのお礼に兼守が、荏柄天神社参道近くに橋を架けたので「歌ノ橋」と呼ばれる様になる

滑川は、鎌倉の色々な歴史を感じながら今もゆるやかに流れています。

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午後3時になると流石に風も冷たく鎌倉の谷戸は暗くなるのも早いので、もう一か所の橋

寄るのをやめて帰宅する。  (今回も検定公式テキストブックを片手に散策でした。)

2015年9月25日 (金)

大船東エリア寺社散策(常楽寺・成福寺・多聞院・西念寺)

9月23日(水) 前回の[大船西エリア]寺社散策に続き、「大船東エリア」の寺社散策する。

<粟船山 常楽寺> 臨済宗建長寺派の禅刹。

北条氏 三代執権の北条泰時が、妻の母の追善供養ため「退行行勇」を開山として建てた

「粟船御堂」が前身の寺。泰時の亡き後、孫の五代執権北条時頼が蘭渓道隆を住持とし

て迎え、寺名も北条泰時の法名常楽寺殿から「常楽寺」とした。建長寺の開山となる前の

蘭渓道隆がこの地で「禅」を広める。それ故 常楽寺は、「建長寺の根本」とも呼ばれる。

茅葺の山門は、市の指定文化財で趣のある四脚門です。仏殿は、阿弥陀三尊像を安置し

神奈川県指定の重要文化財となっている。天井には狩野雪信が描いた「雲龍」がある。

「木造文殊菩薩像」(県重要文化財)は、1月25日の文殊祭の時以外は公開されない秘仏

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咲き乱れる白い萩と、境内の蘭渓道隆お手植えのイチョウの緑が目に沁みる常楽寺です

裏山には、木曽義仲の息子義高の塚がある。<人質(源頼朝のむすめ大姫の許嫁)として

鎌倉に送られていたが、義仲の乱後 わずか12歳で殺された。>

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前から、大船から北鎌倉へ向かう横須賀線の線路沿いから見える「この寺は・・・?」と、

気になっていましたが今回初めてのお詣りです。「成福寺」は山号亀甲山で浄土真宗の寺

開山成仏は、三代執権北条泰時の子泰次と云われる。親鸞より与えられた16歳の聖徳

太子をかたどった「木造聖徳太子像は玉眼をいれ色彩を施した写実的な像と教わる。

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多聞院は、真言宗大覚寺派で山ノ内にあった観蓮寺が前身の寺、甘糟氏がこの地に移し

南介僧都(なんかいそうず)を開山に迎え創建する。本尊の毘沙門天は多聞天ともいい

寺号の由来となる。また「とげぬき地蔵」でも知られるお寺。谷戸の奥にある多門院は、

静かで良く手入れた境内で初秋の風情を感じることが出来た寺院です。

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多聞院入り口の横に、日本武尊が祀られている熊野神社がある。神仏分離された

明治期前までは、多聞院が別当を務めていたようです。

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西念寺は、浄土宗の寺で開山が運誉上人で、裏山の「開山修行窟」で布教活動を

したと云われる。事前拝観申し込みが必要で、外から本堂を写す。

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今回も「検定公式テキストブック」持参で読みながら確認の、散策となりました。

2015年9月20日 (日)

大船西エリア寺社散策(久成寺・圓光寺・貞宗寺)

9月20日(日) 午後より鎌倉の寺社巡りとしては地味な、大船駅西エリアのお寺をお詣り

散策をする。(鎌倉検定の過去問で出題あり)最寄りのバス停より3つ手前でバスを降り、

散策しながら最初に、「光圓山久成寺」を目指す。日蓮宗を信仰していた小田原北条氏の

家臣で玉縄城の武将「梅田秀長」が屋敷を寄進、日舜上人を開山として創建の寺。

徳川家康との関係が深く小田原攻めの際、徳川家康が久成寺に立ち寄り祈祷を頼み、

その恩賞として寺領三石を寄進。その後鷹狩の折、寺を訪れ葵の紋の弁当箱を授けた。

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境内には、「上杉謙信公祖 長尾定景」の碑がある。定景は、三代将軍源実朝を暗殺した

公暁を討ちとった武将として知られている。白い彼岸花に、いにしえが偲ばれます!

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真言宗大覚寺派の寺 「城護山 圓光寺」初代玉縄城主の北条氏時が澄範をまねいて

場内に建てるが玉縄城が廃城になりこの地に移された。山号の通り玉縄城を護る寺。

薬師堂に祀られている行基作と伝わる秘仏は60年に一度開帳されるとのこと。

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3番目は、山懐にかこまれてひっそりした雰囲気の浄土宗の寺「玉縄山貞宗寺」をお詣り。

寺名の由来は、徳川二代将軍秀忠を生んだお愛の方の生母(秀忠の祖母)貞松院が、

江戸幕府より二百十石を与えられこの地で隠居。貞宗院没後に開かれたのが貞宗寺。

本堂の大柱に、徳川家ゆかりの葵の紋が付いている。本堂におられたご住職さまの

お話を少し拝聴することが出来たり、普段は拝見できない阿弥陀三尊さまをもお詣りする

ことが出来たのがラッキーで嬉しかったです。

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帰路のバスを待つ間に、大型スーパーの入り口にある「あっぱれたい焼」屋さんを見かけ

迷わず購入です。しかも本日は、特売日となっておりまたまたラッキーです。

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地元のデパートで「北海道物産展」が行われていたので立ち寄り、夫の好物の海産物を

購入する。白い恋人も購入する予定でしたが早めの完売で購入できず残念です。

自分へのお土産は、ドルチェ・ド・サンチョ札幌の「とろっけるフロマージュ」と『ハスカップ」

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2015年9月13日 (日)

深沢の里に秋を訪ねる(梶原一族に思いを馳せる)

9月11日(金) 数日間の長雨がうそのように空が晴れ渡る日、前より申し込みしていた

鎌倉ガイド協会史跡巡り、梶原一族に思いを馳せ『深沢の里の秋を訪ねる』に、参加する。

<コース>

洲崎古戦場碑ー泣塔ー大慶寺ー等覚寺ー梶原一族の墓ー御霊神社ー仏行寺(源太塚)

晴れたので大急ぎ家事を済ませ、受付時間ぎりぎりの参加は、最後の班12名で出発。

小さな秋・・・例年の秋より早く紫の果実が実る「コムラサキ」とこんなに大きな「ひょうたん」

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新田義貞の大軍と北条(赤橋)守時軍が壮絶な戦いを繰り広げた「洲崎古戦場碑」

太平記によると、「一昼夜に60回ほど戦い数万人の北条勢が300人になってしまった」と

ガイドさんの説明あり。また赤橋守時の妹が足利尊氏の妻である為、「ここで降伏すれば

新田軍と内通していたと思われる。それこそ武士の恥である。」と言って切腹した。90名の

武士が「大将の御伴」と叫んで次々と切腹したとの事。以上のような説明の後に訪れた

「泣塔」は、洲崎の戦いでの戦死者の霊を慰めるため建てられて供養塔と云われる。

「この塔を青蓮寺に移したところ、夜な夜なすすり泣くような声が聞こえてくるので、元の

場所に戻したところ、鳴き声はしなくなったと伝わる。」とのガイドさんの説明に、宝篋印塔

写真を撮ったが、消去する。(心霊スポットとして話題になっている場所とか・・・?)

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臨済宗円覚寺派の霊照山「大慶寺(開山大休正念)」では、本堂の扉を開けて頂き、

本尊の「釈迦如来像」と「大休正念(仏源禅師)像」を、遠目ながら拝観することが出来た。

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茅葺の門が、とても風情がある。樹齢700年余のビャクシンは、堂々たる姿に古を感じる。

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高野山真言宗の「休場山 等覚寺」では、昇堂特別拝観をすることが出来る。間近に

ご本尊の不動明王(左足を踏み出す<波切不動>姿)を拝観し、本堂脇間におられる

出世子育地蔵尊も拝観することが出来、思わず娘・孫のつつがない日々を祈る。

等覚寺の山門も、風情ある茅葺の「薬医門」でした。境内には、新田義貞の鎌倉攻めで

亡くなった武士を供養する五輪塔や宝篋印塔・無縁塔が祀られていました。

山号 休場山の由来は、梶原景時がこの地を通った際、ここで休んだからと付いたと云う。

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深沢小学校の裏山のやぐらに、梶原景時親子の墓と云われる五輪塔が並んでいる。

梶原景時は、駿河で討たれているのでこちらは供養塔かと思われます。

こちらの地名(梶原)の由来に、「梶原一族の地」という説と梶の木がある里という説もある

* ガイドさんに、駿河の梶原景時親子終焉の地の写真を見せてもらう。景色の良い梶原

山の桜の木の下に碑があり、清水梶原会の皆様に大切にされていたのを見てほっとする Rscn6783 Dscn6762

祭神が「鎌倉権五郎影正の「御霊神社」は、梶原景時が建久元年に再建整備したと伝わる

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入口の「阿吽 狛犬」の表情が良いのでパチリ camera と2枚

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最後のお詣りは、日蓮宗 「笛田山 仏行寺」 源頼朝の死後 梶原源太景季は、父と共に

鎌倉を追われ駿河で討ち死にしましたが、その死を嘆き この地で自害した妻信夫の霊を

慰めるために村人が建てたと伝わる「仏行寺」。本堂裏の石段をふうふう言いながら

登ると、影季の片腕が埋められているという「源太塚」がある。

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つつじの季節は、本堂背後の斜面一面に色とりどりのツツジが咲くので有名です。

左が今の季節の写真。右は昨年のゴールデンウイークの写真です。

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御家人梶原一族のゆかりの地を歩いた半日です。 <ガイドさんの説明を参照する

2015年8月28日 (金)

鎌倉材木座地区寺社めぐり-1(九品寺・五所神社)

8月27日(木) 久しぶりの鎌倉散策は、材木座の周辺にひっそりと佇む小寺社をめぐる。

まず新田義貞が鎌倉に唯一建立したと伝えられる九品寺(くほんじ)から散策を始める。

何時も観光客で混雑したイメージの鎌倉ですが、平日で少し暑さがぶり返した27日は、

どの寺社の境内でも人に出会うことなく貸し切り状態でゆっくりお詣りすることが出来る。

本堂のガラス戸越しに拝観した仏様のお顔は、とっても穏やかな表情に感じます。

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鎌倉攻めの総大将だった「新田義貞」が本陣をかまえていた場所に、北条方の戦死者を

弔う為に建立された九品寺・・・「くほんじ」との読みが、鎌倉検定で出題されたこともある。

山門の「内裏山」と本堂の「九品寺」の文字は、新田義貞の筆を写したものといわれます。

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お庭の手入れも良く、本堂前の松の緑とノウゼンカズラに小さな癒しを頂きました。

バラの時期には、境内に咲くナニワイバラの白い花(一重)を愛でることが出来る九品寺。

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材木座一帯の氏神様の「五所神社」にもお参りをする。乱橋村と材木座村が合併した後

三島神社の場所に、町内の五つの神社を併せて祀ったことから「五所神社」と改名。

6月の例祭には、昔ながらの白丁姿で鎌倉天王唄に合わせ緩やかに蛇行しながら担ぎ

町内を練り歩いたお神輿が光明寺前の御旅所で支度をし海上渡御することで有名。

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前に五所神社を訪れた際 保存会の方に唄って頂いた「伊勢の鳥羽から朝山まいて 

アーラョイ 晩に下田か ヤレコラ和賀の浦」と独特のさびと渋い調子を思いだしながら

境内にある 国の重要美術品の「不動種子板碑」や珍しい摩利支天を眺める。

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ランチは、体に優しい穀菜カフェ「そら ふね」さんに決定。こんな感じで~す!

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                                             ~つづく~

2015年6月14日 (日)

鎌倉散歩(梅雨空に映える可憐な花々を求めて)

6月12日(金) 昨夜からの朝までの雨降りで、少し躊躇しながら鎌倉散策に参加する。

今回は鎌倉の東部にある古寺を巡り、しっとりと風情のある花々を愛でる歩きです。

<コース>

JR鎌倉駅=バス=ハイランド入口ー光触寺ー明王院ー浄妙寺ー瑞泉寺ー大塔宮バス停

観光客で賑う鎌倉ですが金沢街道に位置する光触寺は、人も少なくゆっくりと特別公開の

美しい庭園で花菖蒲を拝見することができました。(残念ながら花期は終わりでしたが・・・)

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半夏生が、お庭の片隅にひっそりと咲いているのも風情があります。花穂ははじめ垂れて

いるが、開花するに連れて立ち上がる特徴がある。葉は花が終わると再び泡緑色になる。

鎌倉に比較的多く、良い香りがする定家葛(テイカカズラ)は、謡曲の「定家」が名前の由来に

「式子内親王」と「藤原定家」にまつわる話を聞きながら「定家葛」を眺めると、この白い

小さな花にどことなく都の風情を感じたりしながら古に思いを馳せ愛おしさを感じてしまう。
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ムラサキシキブが、淡い紫色の花が咲きだしている。紫色の美しい果実を美女として

有名な紫式部に例えた名前がついたとか・・・・?時宗の光触寺には、「塩嘗地蔵」さまが

金沢街道を通る旅人を優しく見守る姿がある。昔塩を扱う商人が仕事に行く前お地蔵様に

「塩」を供えていくと、帰りにはなくなっておりお地蔵さまが嘗めているのでは・・・?と

いうことで「塩嘗地蔵」と呼ばれる溶けて風化したように座っているお地蔵様です。

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明王院は、政所から鬼門に位置する場所にあり鬼門除け祈願所として「五大明王」を

祀る鎌倉唯一のお寺です。茅葺の本堂に風情がありますが、境内は撮影禁止なので

可愛い花々を紹介できず残念です。

次に訪れた場所は、鎌倉五山の第五位足利氏由来の寺「浄妙寺」です。屋根がステキ!

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初夏に咲く白い花が涼しげな印象の「夏椿(ナツツバキ)」です。花びらの縁にある細かい

鋸歯が、花の印象をより繊細に見せ私の好きな花の一つです。 樹木に着生する石斛

(セッコク)の花は、樹の間にほのかな芳香と真っ白い洋ランのような花(デンドロビウムに

似ている)が咲き、、遠くから見ると不思議な印象のある花です。

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浄妙寺本堂裏の散歩道は、今 ガクアジサイの花が咲き乱れ梅雨の晴れ間ならではの

風景が広がります。観光客も少なくゆっくりと花を鑑賞することが出来ます。(穴場かな?)

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境内の上にある「石窯ガーデンテラス」の庭では、真っ白なバナベルの径が素敵です。

イングランド風の建物の中で庭を眺めながらのランチ(パンは石窯にまきをくべて焼く)は、

女性に大人気なんですよ。私は「紅茶のパンとフリュイ・セック」のパンを購入。delicious  smile

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次の瑞泉寺まで行く途中に咲いていた「ガクアジサイ」と「ヤマユリ」の花もパチリ camera

苔むした鎌倉石の崖に、ひっそりと咲いているヤマユリの清らかな美しさが格別です。

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梅と紅葉で有名な瑞泉寺に、吉田松陰は四たび訪れている。「松陰吉田先生留石碑」

25世住職が母方の伯父で、嘉永7年3月下田踏海事件の前にも訪れいる。心に秘めた

覚悟を伯父(瑞泉寺住職)に、話していたのかもしれませんね。淡いブルーのキキョウ蕾を

眺めながら思いを馳せたひと時でした。(水分補給をして小休止タイム)

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瑞泉寺の「どこもく地蔵堂」と、夢窓疎石の作った「岩庭」は、国指定史跡になっている。

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キンシバイ(金糸梅)とビヨウヤナギ(美容柳・未央柳)散策路の両側に植えてあり二つの

花の違いが一目瞭然。黄金色のウメに似た花をつける様子の金糸梅。細い葉を柳の葉に

見立てこの名前があるビヨウヤナギには、中国の玄宗と楊貴妃の悲恋を読んだ白楽天の

長恨歌の一節に「太液の池の芙蓉(蓮)は楊貴妃の顔、未央の柳は楊貴妃の細くて美しい

眉」があり未央の柳から「ビヨウヤナギ」との解説があるのも楽しいひと時。happy01

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瑞泉寺から大塔の宮バス停までの道すがらに、咲いている紫陽花も季節を彩ります。

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品種名「おたふく」の紫陽花も眺めランチは、「ふわふわトロトロの親子丼」を食べる。

花巡りなのに、やっぱり最後の〆は美味しいランチになるのが食いしん坊の私のブログ!

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2015年5月29日 (金)

古都鎌倉ミステリー「謀略に散った頼朝の御家人たち」

5月28日(木) 今回の鎌倉散策は、”何故、身どもが討たれねばならぬものか・・・”の

思いを胸に、次々と姿を消していった頼朝の有力御家人ゆかりの場所を訪ね、「敗者の

無念に思いを馳せる」がテーマの鎌倉探訪に参加します。頼朝の死により有力御家人の

対立が表面化し鎌倉は混乱の坩堝と化す中、未亡人の政子とその父時政・弟の義時が

情勢を巧みに利用して有力な御家人を倒し、北条氏の天下となる。鎌倉時代の歴史書

「吾妻鏡」からは見えてこない敗者の歴史をたどる散策です。

JR鎌倉西口ー和田塚(和田義盛一族)-畠山重保邸址ー比企能員邸址(妙本寺)

ー法華堂跡・三浦一族墓―鶴岡八幡宮(梶原景時弾劾状)-JR鎌倉東口

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《和田合戦》 源頼朝の挙兵から従い、鎌倉幕府成立に貢献した幕府の侍所初代別当

和田義盛ですが、北条氏と対立。北条義時の再三の挑発を受け1213年5月軍勢を率いて

決起し幕府軍を襲った。戦局は和田勢に有力な展開をしていたが本家の三浦義村が幕府

方に寝返り義盛は敗北し和田一族は滅亡。終焉の地が和田塚として残っている。

鎌倉十橋の一つ琵琶橋付近でも、激しい市街戦を展開したと伝えられる。

和田氏滅亡後 北条義時は侍所別当を手に入れ、元々の政所別当と併せて専制政治を

さらに強固なものとした。(江ノ電和田塚駅の側にある。)

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《畠山重忠の乱》

畠山重忠も頼朝に臣従して活躍また武勇の誉れ高く清廉潔白な人柄で「東国武士の鏡」と

称された人物。時政の後妻牧の方の女婿「平賀朝雅」と重忠は、武蔵国衛で対立。

重忠の嫡男重保と平賀朝雅が酒席で口論となり、それを根に持った朝雅と牧の方が

北条時政に「畠山親子謀反の疑いあり」と讒言する。北条義時を大将とする幕府軍により

武蔵国二俣川で、子の重保は鎌倉にて謀殺される。宝篋印塔は、畠山重保の墓と伝え

られ、明徳六年の銘のある大型の石塔。右 父重忠の鎌倉での屋敷跡の碑。

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《比企氏の乱》

二代将軍頼家は、妻の父である比企能員との関係を強め幕政の主導権を握ろうとする

祖父の北条時政や母の北条政子と対立した。比企氏の台頭に危機感を持った時政が

仏事にことよせ名越の舘に能員を呼び寄せ謀殺する。政子が比企氏討伐の命を下し

義時・泰時らに、比企氏の舘に火を放たれ一族が滅びる。舘跡に妙本寺が建立される。

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《宝治合戦》

北条氏と肩を並べていた三浦泰村は、執権北条時頼に危険視されていた(前の将軍

九条頼経ら反勢力と近づいた為)。時頼の外祖父安達影盛らが突如三浦泰村邸を襲撃

時頼も襲撃を決定、泰村らは頼朝が祀られている法華堂に籠り防戦したが500人が

自刃して壮絶に果てた場所。鎌倉幕府創設以来の雄三浦氏の滅亡により北条得宗家に

よる専制政治体系が確立する。(パンフレット&レジメを参照)

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最後に「鎌倉本體の武士」といわれる梶原景時に対する、六十六人の同意があった

弾劾状の作られた鶴岡八幡宮へ。参道は、大勢の観光客であふれていました。

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解散後 ランチは、カレーの美味しいお店で・・・。デザートの抹茶プリンも美味でしたよ。

歴史を勉強して頭をいっぱい使った後の、スイーツは特に美味しかったです。(笑)

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2015年3月 7日 (土)

鎌倉散歩「近代鎌倉の輝いた女性たち」

3月5日(木)「輝いた女性たち」のタイトルに誘われて(笑)鎌倉ガイド協会主催の古都

鎌倉史跡巡りに参加しました。今回も古都鎌倉の、梅の花や桜を愛でる歩きになる。

<コース>

JR北鎌倉駅ー東慶寺寒雲亭(茶室)-小倉遊亀邸ー亀ヶ谷坂ー壽福寺

ー川喜多映画記念館ー大巧寺(本堂昇殿)ーホテルニューカマクラ―鎌倉駅西口

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駆け込み寺として有名な、松が岡御所と呼ばれた「東慶寺」から散策です。

境内参道は、紅梅が満開で清々しい香りが漂う癒しの空間になっています。

まず宝形造の屋根が美しい本堂(泰平殿)のご本尊「釈迦如来坐像」をお詣りし、普段は

非公開の裏千家の茶室「寒雲亭」のお庭をゆっくり歩いて特別に拝観致しました。

(寒雲亭は、松山藩・久松家の江戸下屋敷にあったものが移築された。)

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奥の墓地に眠っている、女流作家の田村俊子や野上弥生子のお話を伺いながらお詣り。

遺族のない田村俊子の印税により「田村俊子賞」が創立され、第1回受賞者が瀬戸内晴

美(寂聴)さんで、受賞式は東慶寺で行われたとの説明を聞く。自然石の記念碑には、

<この女流作家はいつもおしろいをつけている。この女のかくものは大がいおしろいの

中からうまれてくるである 田村俊子>と筆跡が刻まれていました。野上弥生子さんの

ことは、文化勲章を受章したことなどは、リアルタイムで覚えています。

次に浄智寺のそばにある鎌倉名誉市民&文化勲章を受賞し105歳まで絵筆を執り続け

ていた女流画家の「小倉遊亀」さんのお住まいだった場所を見学する。

坂の上り下りをしふうふう言いながら亀ヶ谷坂を通り、鎌倉五山第3位の壽福寺へと散策。

静かな壽福寺の参道を通り、本尊宝冠釈迦如来を中門の外よりお詣り(境内は、非公開)

高浜虚子の次女星野立子や孫弟子森田愛子・奥宗光の長男廣吉の妻陸奥イソなど

近代で輝いた女性の説明を受けながらお詣りをする。星野立子の墓にある句碑には、

「ひな飾りつつ ふと命惜しきかな」と刻まれている。この句を詠んだ1年後の3月3日に

星野立子さんは、亡くなっています。(一瞬 もののあわれが心を掠めました。)

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川喜多映画記念館では、川喜多ご夫妻の映画への情熱や活躍をドキメンタリー映画で

鑑賞する。洋画を1500本以上日本に配給しており「禁じられた遊び」もその一つ。

梅の奥にある離れは、哲学者 和辻哲郎の家を移築したもので来日した「アランドロン・

フランソワ トリュフォー監督など映画人が訪れた場所です。お庭に玉縄桜が咲いていた。

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鎌倉駅より近い「大巧寺」通称”おんめさま”と親しまれている安産祈願のお寺で 特別に

本堂へ上がらせていただき、鎌倉彫の天井絵を拝見する。境内に庭はいつも手入れが

良く、花々が咲いているので私の大好きなお寺の一つです。それぞれのお花にネームプ

レートがついているのもうれしい限りです。紅梅・白梅はもちろん「ヒマラヤユキノシタ・

土佐みずき・黄梅・椿のロゼ フローラ」など境内には、春を迎える花々たちが・・・・・。

次の見学場所 ホテルニューカマクラは前回見学し説明を受けているのでパスして、

久々に会った友と鎌倉でランチをすることになる。お互い昨年受けた検定1級は、

”桜散る”だったので今年頑張ろうと健闘を誓い合う。book pencil

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大巧寺の近くの鎌倉学習センター前の若宮大路沿いに、こぶりの玉縄桜がちょうど満開。

鎌倉市大船にある「県立大船フラワーセンター」で生まれた玉縄桜です。

5キロ程の鎌倉史跡巡りは、拝観時間を含め3時間20分の散策になりました。